三十歳になってみたよ。

昨日、三十歳になってみました。

二十歳を迎えるときは、ワクワクしたんですよね。
この一瞬からできることが増えるし、大人としての扱いにかわるし、なんといっても回りの大人たちがちやほやしてくれて。

ところが、三十才。
そもそも風邪でしたからね。頭はおろか首の後ろからおしりの穴までズーンと痛い。一日中。
嬉しいとかではなく、ああ、悲しいなぁと思いながらの三十歳を迎えるに至りました。

三十代を迎えて、これからこうする

高浜直樹を発信していく。

二十代の僕は、人見知りとボッチを克服するためにもがいていました。
幼少期から基本的にひとりぼっちで生活していました。
その割に、空気の読めない目立つ行動をしていましたからいろいろな人の記憶には残っている。
「あー、そういうやついたよね」
というのが、僕のポジションでした。

成人してからは、つとめていろいろな人と出会って、話して、笑ってと頑張っていました。
人見知りって、そもそも克服すべきものではないと思います。でも僕は克服したくって、乗り越えました。

変わるっていいことなのかわかりません。でも僕は変わりました。そして、十代の頃の奥ゆかしい、シャイな僕はいなくなって、恥知らずで、目立ちたがりで、声が大きい僕になりました。
どちらも本当の僕で高浜直樹です。
そういうわけで、タカハマナオキドットコムでブログをいま書いています。

子どものために生き抜く。

子どもが生まれてからもっとも大きな変化、ライオンキングが好きになったことです。ムファサがスカーに陥れられてシンバが独りぼっちになるシーン(悪い弟に王が殺されて王子が生き残る)では胸くそ悪いというか、悲しすぎて辛くて感情移入できない。
ところがいまみると違うんですね。
命を繋ぐことに自分の命が役に立つのなら、それで幸せなのではないかと。

あ、この話は長くなるのではしょりますが、、、

二人子どもが生まれたいま、娘たちの幸せのために生きていきます。僕には稼ぐセンスはなさそうなので資産は残せなそうですが、代わりに子どもたちには世の中の些細なことから学びとる力を身に付けさせてやりたいと思っています。

結局、まだまだ伝えたいことはたくさんありますから生き延びたいですね。
脳腫瘍、再発しませんように。

世の中に価値を残す。

二十代まででいろいろと吸収してきたことを、そろそろ世の中にお返しする時期なのではないか。
いや、そうすべき時期なんだと思っているだけで、僕にはなんも力がありません。

少なくとも一つ、いや抱負ですから欲張って三つといっておきましょうか。
四十才の誕生日に振り返ったとき、この三つは、世の中にちょっとだけいいことをしたなぁとニンマリしたい。
小さいことでいい。もしかしたら迷子の子どもを助けたとか、そんなんでいいんです。

わりとボッチな僕ですから、「ああ、あんなやついたなぁ」と思い出してもらえるような、世の中に価値を残したいと思って生きています。

具体的になにするんですか。

これら三つをまとめて、具体的には、
子どもたちの生きる社会がもっといいものでありますように、地域に働きかける不動産屋としてこれからの十年を生きていきます。

そうそう、不動産屋といえば、やっと仕事が面白くなってきました。
「地域の価値をあげることが直接自分の収入に繋がってくる」
こういう働き方ができるのは、不動産屋と政治家くらいだと思っています。ですので、僕は不動産屋という仕事に誇りをもってやっています。

不味いワインと共に筆が進み長くなりましたごめんなさいね。
要するに、これからもよろしくお願いいたします。

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