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「未来」地方議員としての野望【3/100】

昨日の記事が過去とすると、今日はずっと先、未来について書きます。
「挑戦者」とはいえ、志した以上僕は政治家です。
政策、とはまた違いますが、有言実行あるのみです。

たかはまなおきの3大野望

1・みんなのおじいちゃん

文京子育て不動産を開業した理由の一つに、
我が子のおじいちゃんになる、という夢がありました。
つまり、このまちで、娘が親になりたいと思えるまちを引き継いでやることです。
恋愛、結婚、性別の在り方だって自由なこの時代に、
物事をコスパ(損得)で判断しがちなこの時代に、
はたして娘がこの文京区で親になりたいと思えるだろうか。
考えだしたら、怖くなりました。

自己責任の育児

保育園に入れるかどうかでその後の仕事、人生設計が大きく変わる。
育児ストレスをため込んで、不適切な子育てにつながっていく親がいる。
高学歴が当たり前のここ文京区、果たして塾に通わせられるお金が稼げるだろうか。
そして上手くいかなくても、自己責任で片付けられてしまう。

行政の、福祉の支援を受けるに至ればまだいいものの、
平常→「育児の困難」→要支援
と、平常と支援の間を埋めてくれるはずの地域の力が、
ここ文京区にはとても弱いと感じました。
それだったら、まずは20年間、わが子が親になりたいと思えるまちを作ろう。
このまちで、僕は我が孫のおじいちゃんになりたい!
そう考えて、まちづくりのプロとして生きていくことを決心しました。
27歳のことです

まちづくりで、飯を食う

そう決心したものの、20年間、地域活動家としてボランティアでメシを食うことはできません。
「いいまちを作って儲かる人…」
「いいまちを作って儲かる人……」
「いいまちを作って儲かる人…………」
さんざん考えた結果、出てきた答えは政治家と、不動産屋さんでした。
政治家は、当時の僕はまだ時期ではない、と思いました。
政治家「センセイ」になるには、町会で役員を務め、PTAで会長を任され、
髪に白髪が混じり始めたころ、地元の重鎮から肩をたたかれるわけです。
「きみもそろそろ」って。
当時は遠い世界だと思っていた政治には関心が薄く、
何となく政治家には薄汚い印象を抱いていました。

その点、不動産屋さんは、住み心地の良いまちを作れば、引っ越したい人が増える。
しかも、仲介手数料で収入を得ることができる。
僕は、素晴らしい仕事だと思いました。
そうして、たまたま数年前に「資格を取らねば」と何となく取得した
宅建の資格を生かして、文京子育て不動産という不動産仲介業を開業しました。

不動産屋さんから政治の道を進もうとした理由は、また明日に回すとして・・・

みんなのおじいちゃん

不動産業の傍ら、子ども食堂、プレーパーク、地域の居場所を2拠点と、
まちのおじさんとして様々なことを面白がっています。
そんな僕は今、地域の子どもを叱ることができます。
それは、彼らを我が子だと(一方的ですが)思って、彼らの幸せを願っているからです。
同じように、僕の娘が地域の大人から注意を受けることも多々あり、
とてもありがたいことだと感謝しています。

週に一度でも、月に一度でも、定期的に顔を合わせる関係の親や子どもとは、
家族のような愛着を形成することができることを実感しました。
こうして地域で暮らしていくうちに、
「我が孫のおじいちゃん→みんなのおじいちゃん」になりたいと
僕の夢、野望は変わっていきました。

このまちの子どもたちを、それこそ目の届く範囲のすべての子どもたちを
もれなく笑顔で、幸せであるようお手伝いをしたい。
そして、彼らの微笑みをシワクチャな笑顔で眺めている、
みんなのおじいちゃんになることが、僕の夢です。

2・まちのリーダーを地方議員に育てて引退

文京区政に挑戦します。

4期、16年やります。そして、引退します。
ただやめるわけではありません。
このまちで暮らす、未来をつくる当事者として
文京区をもっと素敵なまちにする、後継者に引き継ぎます

そして、僕が引退する際に、苦情の手紙がわんさか届くような、
地域の仲間から愛される政治活動を16年続けます。
政治家を続けるために、選挙前にあちこちに頭を下げて回るような
政治やさんはまっぴらごめんです

「政治家になる以上、上を目指すべきだ。」
そういわれることがありますが、都政、国政には出ません。
僕は、僕の祖父がいつも語っていたように、
文京区が大好きで、ここで根を張って暮らすことに誇りを持っています。
そのため、このまちをもっと良くすることになら、人生をかけるつもりです。
僕にとっての「上」は、自分がより多くの票を集めることではなく、
自分のような当事者としての想いを持った政治家があちこちの自治体に増えることです。

4期16年間の活動で、未来を作る地方議員があちらこちらにできるよう
若手の挑戦者をエンパワーメントしていきます。

3・水戸黄門になる

これはもう完全に個人的な夢、です。
上述の通り、48歳で地方議員としては引退します。
そのころ、わが子は22歳・19歳・16歳です。

ある程度育児が手を離れたこのタイミングで、
全国、全世界を旅しながら、世直しをしてまわります。
あの有名な水戸黄門のように。

僕の将来の夢は、バスを改造したキャンピングカーで
旅をしながら講演活動をして、生計を立てることです。
地方議員やこれからも続けていく様々な地域活動の経験を活かし、
素晴らしい里山を持つ日本を、もっと素敵な国にしていきます。
「この夢をかなえるためにあなたの一票を!」
・・・だなんて決して言えませんが、16年後に実現します。


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