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第10回文京区民版こども子育て会議【6/100】

今回は発達障害をテーマに茶話会形式でおこないました。

1.話題提供:山中ママ

夏休みの帰省中に、教職に携わる友人の発達障害児についてのグチを聞く。
その2週間後に、我が子が発達障害の傾向アリと1才半検診で診断される。

「様子を見ましょう」と言われたが、待たされている側からしたら、不安なだけで何の解決にもならない。
友人が「療育の記録は、市町村で引き継がれてずっと残る。早めに受けて記録を残すべき」と言っていたのを思いだし、すぐに動き出すことに。

自分のこどもに合うところが何処にあるのか、何をするのか。「文京区 療育」で検索する日々。
インスタグラムで専用のアカウントを作って、情報収集した。
幸い、相性が良い専門医に巡り会え、定型発達の子と関わる機会を増やすべく、
キッズルームの一時保育を利用している。(助成金はなく、全額実費負担)
障害者手帳があると、認可保育園の入園申し込み時に加点されるため、専門医に診断してもらう。

現在は、少しずつこどもも話を聞いてくれるようになってきた。
我が子が発達障害で良かった、とは思えないが、障害児の母で良かったとは思える。
今の方が何倍も、毎日優しく過ごせている。
人との関わりかたが上手でなかったり、言葉が遅めではあるが、
療育にかかることで目安がはかれるだけでも安心する。

■山中ママからの希望

1.新しいことをやって、とは言わない。世田谷区に追い付いてほしい。
 世田谷区は小学校に学習支援ボランティアが全学校に配置されている。
 みんなが普通学級に、とは思わないが、補助してくれる人が必ずいれば普通学級でも過ごしやすい子はいるはず。
2.子育て広場にいきづらい
 発達障害と診断されてからは、こどもが定型発達の子とケンカしたときに「発達障害なので、まだ貸せないんです」などいちいち断りをいれなくてはいけないかと思うと億劫。
発達障害の子がいく日、などがあってもいいのに、と思う。

2.話題提供:久美子ママ

家族に障害児のがいる家庭で育った「きょうだい児」からの話

幼少期は双子の妹が特別扱いされているのが許せず、すさまじい反抗期で過ごした。
路上でギャン泣き、投稿拒否は当たり前。
でも、友達に対して、知的障害のある妹がいることについてはオープンだった。
「そんな妹がいる」ということが自分にとっては「普通」だったから。
中学校に入り、友人を家に呼ぶ機会も減り、「妹は知的障害がある」ということを話す機会も減る。
たまたま話した友人の「聞いてしまってごめん」という反応に、「周囲が気を遣ってしまう」ことを知る。
高校、大学と進むに連れ、「たった一人のマトモな娘」としてプレッシャーも感じていく。
そして当時付き合っていた彼(現夫)にも家族の事は言い出せなくなり、喧嘩する。
就職活動時も「将来、結婚はしない。二人の老後を面倒見られるような給料を稼げるところに就職しなければ」
と、思っていた。
にもかかわらず、大手企業から内定が出なくて絶望する。
結局、事務職枠で就職し、結婚してしまった!
自分にも自分の人生がある、と感じ始めた今、妹たちの老後はどう関わっていくべきなのか、が課題。

■障害児のいる家庭で育って思うこと

きょうだいに障害があること自体については、制限がある状態での生活が普通だから、何とも思っていない。
人に対して「そんな性格の人もいるよね」と、障害の有無関係なく、受け入れられる人間になれた。
我が子のイヤイヤ期もあんまり気にならない。
でも、よその発達障害の人は別。
小さい頃から知っている相手や年代であれば、受け入れられるので、
早いうちから周囲にさらっと言える環境があると、理解もしやすいのでは、と思う。

まとめ:文京区もこうだったら良いのに!

お二人の話をもとに対話が膨らんで、終了予定時刻を1時間過ぎる大変盛り上がる会になりました。

参加者の皆様からは、なかなか聞けない当事者の本音が聞けて良かったという声をいただきました。ゲストの山中ママ、久美子ママ、ありがとうございました。

残念ながら時間切れで話が聞けなかったのが、こちら。

世田谷区がすごいらしい!

→次回の宿題にします。

次回の文京区民版子ども子育て会議は、2月9日、場所は大原地域活動センター多目的室Aです。

ぜひぜひぜひ!お越しください。

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